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結婚して10年。

二人の子供に恵まれて特に不自由なこともなく平和な生活をおくっています。

平日は自分は仕事に行って

妻はパートにでて

子供たちは幼稚園に行く。

休日は家族そろってお出かけやお家でのんびり。

そんな日常ですが、たまに妻が突然思い立って子供を連れて実家に帰ります。

朝、「いってきます」を言うときも何もなく

お昼のLINEでも何もなく

仕事終わったという連絡の時も何もなく

帰ったらお家が真っ暗で誰もいない。

その瞬間に初めて気づく「実家帰り」。

突然現れた自由時間、事前に伝えられていれば帰り道に買い物に行ったり

同僚とご飯に行ったりと予定を組んだりできるんですが

こんな感じで突然やってくるので準備ができません。

なんやったら軽くパニックです。

そして今日がその日でした。

帰ったら真っ暗。

もちろん予告なし。

なので、自分自身の予定もなく、晩御飯もなく、急遽一緒にご飯に行く相手もなく時間だけがある。

この何とも言えない虚無感(?)がものすごーく苦手であります。

ご飯もないからとりあえず冷蔵庫を開けるものの、ご飯を作る意欲がわくこともなく。

外食しようかと思うものの一旦家の門をくぐったために出かけるのが非常に面倒くさいのです。

仕方なくカップラーメンすすりながら、文章書く事態になってます。

奥様、せめて実家に帰るときは一言ください。

19回目の結婚記念日。いつのまに・・という感じがするが、子供がそれだけ大きくなっているんだから歳を盗るのも仕方ないかな。
品川の御殿山ヒルズの教会で牧師さんの「健やかなる時も、病めるときも・・」というお決まりの言葉を今年ほどしみじみと感じたことはなかった。
昨年の10月9日に主人が過労で会社で倒れ、救急搬送。意識はあるのか、心臓は動いているのかを怖くて会社の人に確認できないまま、子供とタクシーを飛ばして病院へ行った。
幸い、命には別条がなかったが、こういう年間は本当に大変だった。

お父さんが倒れたのだから、私がしっかりしなくては、子供を守らなくてはと常に気が張っていた。
「健やかなる時も、病める時も」はこういう事か・・と妙に納得し、自分を奮い立たせていた。

そうして私は長く続けられそうな仕事(パート)に転職をしたけど、やはり今考えるとタイミングが悪かった。慣れない仕事に私まで体調を崩してしまい、緊張で交感神経が働き過ぎてしまったようで睡眠も賢くとれなくなってしまった。結局、病院や針治療に通い、仕事は降りることに。

あれから年間。主人も私の体調もぼちぼちって感じ。主人は軽減勤務で復帰をした。
まだまだ不安はあるけれど、一緒にヨガを始めたり、ウォーキングしたり、家族で夕飯を一緒に食べられるようになったり、早寝早起きをしたりと以前とは比べものにならない位、健康的な生活で家族との時間が増えている。
医者やカウンセラーからは「過労死する前に、体が教えてくれて良かったですね」というけれど、今は本当にそうおもう。
神様が、ギアを落とさないとまずいよ!と教えてくれたのだとおもう。

今回わかったことは40歳、45歳とその年代に応じた働き方にギアをチェンジしなくてはならないに関してと、人間は無理をするとどこかでツケが回って来る。
ですから、これからは無理なことにはノーと言おう。
また違和感を感じながら始めたことは、後々、やはり行うではなかったということが多い。
ですから、自分の内心を聞いて「快い」と思えることを選んでやっていきたいという。