コンテンツへスキップ

私には2人子供がいますが、上の子は男の子で下の子は女の子という性別です。周りからは「バランスが良いね」と言われますが、本音を言うと2人目を授かるまでに「次は絶対女の子」と意気込んでいた時期がありました。自分が姉妹育ちということや将来の話し相手ということを考えて女の子を切望していました。ですが、少し自己流で産み分けにチャレンジしたものの授かることが出来ず「健康であれば」と自然に任せていたところ女の子を授かっていました。

周りにも女の子が1人でもいればという考えの人が多いのですが、先日「男の子2人を希望していた」という人に初めて出会いました。その人は自分が女性で、友達関係が煩わしかったことがあったようで男の子がいいと思っていたそうなのです。男の子2人を育てていて、体力的には大変だけど精神面で面倒なこともなかったから満足だと言っていました。勝手に私の中で、「できれば姉妹が」とか「男の子より女の子」という人が多いのかと思っていましたがそうではないようでした。男の子の兄弟を育てている人を見て「大変そうだな」と勝手に思っていましたが色々な考えの人がいて、自分の価値観で判断してはいけないなと反省しました。

19回目の結婚記念日。いつのまに・・という感じがするが、子供がそれだけ大きくなっているんだから歳を盗るのも仕方ないかな。
品川の御殿山ヒルズの教会で牧師さんの「健やかなる時も、病めるときも・・」というお決まりの言葉を今年ほどしみじみと感じたことはなかった。
昨年の10月9日に主人が過労で会社で倒れ、救急搬送。意識はあるのか、心臓は動いているのかを怖くて会社の人に確認できないまま、子供とタクシーを飛ばして病院へ行った。
幸い、命には別条がなかったが、こういう年間は本当に大変だった。

お父さんが倒れたのだから、私がしっかりしなくては、子供を守らなくてはと常に気が張っていた。
「健やかなる時も、病める時も」はこういう事か・・と妙に納得し、自分を奮い立たせていた。

そうして私は長く続けられそうな仕事(パート)に転職をしたけど、やはり今考えるとタイミングが悪かった。慣れない仕事に私まで体調を崩してしまい、緊張で交感神経が働き過ぎてしまったようで睡眠も賢くとれなくなってしまった。結局、病院や針治療に通い、仕事は降りることに。

あれから年間。主人も私の体調もぼちぼちって感じ。主人は軽減勤務で復帰をした。
まだまだ不安はあるけれど、一緒にヨガを始めたり、ウォーキングしたり、家族で夕飯を一緒に食べられるようになったり、早寝早起きをしたりと以前とは比べものにならない位、健康的な生活で家族との時間が増えている。
医者やカウンセラーからは「過労死する前に、体が教えてくれて良かったですね」というけれど、今は本当にそうおもう。
神様が、ギアを落とさないとまずいよ!と教えてくれたのだとおもう。

今回わかったことは40歳、45歳とその年代に応じた働き方にギアをチェンジしなくてはならないに関してと、人間は無理をするとどこかでツケが回って来る。
ですから、これからは無理なことにはノーと言おう。
また違和感を感じながら始めたことは、後々、やはり行うではなかったということが多い。
ですから、自分の内心を聞いて「快い」と思えることを選んでやっていきたいという。