コンテンツへスキップ

久しぶりにお芝居を見ました。

とても興味があったので、三日間通いつめ、昨日千秋楽となり、十分に満喫したのですが。

題材が「美しきものの伝説」…大正時代の演劇と政治と文学にまつわる物語です。

宮本研さんの戯曲は美しい言葉でつづられており、そして、演出も斬新で、夢の世界を漂っているような感覚でした。えした

…その最後に「さみしいな、しぃんとさみしいな」という松井須磨子の、伊藤野枝にあてた手紙があるのですが。

それは遺書でした。

しみじみとそれを思い出す野枝の言葉と、背景いっぱいの青空、降り注ぐ白い照明の光がとても美しく、忘れられないほどのインパクトを残して終幕となるのです。

今年は大正107年にあたるのだそうです。

今では、大正時代は戦争と戦争の合間のような長閑で美しい時代と思われがちですが。

軍部や憲兵、そしてさまざまな思惑が入り乱れ、動乱や事件が多発する、実はとても血生臭い時代でもありました。

映像作品は、なんどでも繰り返し見られる、という利点があります。

しかし。

演劇・生のお芝居や、その時限りです。

じっと、目を凝らし、耳を澄まして、そのセリフや動きを取りこぼさないように、懸命に観てきました。

楽日の帰路、じわじわと虚脱し、一晩眠った今朝から、強烈なロスに陥ったのです。

ああ、良い作品だったなぁ。

そう思うたびに、野枝の声でつぶやかれる松井須磨子の言葉が蘇るのです。

「さみしいな、しぃんとさみしいな」

今、まさにそんな気持ちで、昨日のお芝居を反芻しているのです。

奈良の鹿がモチーフであるせんとくんの年収が減っているニュースもありましたが、その一方で鹿のツノを販売するビジネスは売り上げが伸びているみたいです。せんとくんもとても気になりますが、鹿のツノを使うビジネスも気になります。

どうやら鹿のツノは漢方で使われたり、または犬のおもちゃとしても需要があるとのことです。犬のおもちゃとしての鹿のツノは口に咥えて遊ぶタイプのもので、犬には大変人気があるみたいなのです。大型犬が鹿のツノに夢中になって遊んでいる姿はまるで狼の様に見えます。というのも、かつて犬が狼だった頃は鹿を食していたので、その名残で犬は鹿の匂い全般を好むという見解があります。そのため衛生面で心配した飼い主が熱湯でツノ洗うと犬は興味を無くしてしまった事例もあります。鹿のツノは大きいので小型犬や中型犬だと遊ぶのが大変そうですし、大型犬でも喉に刺さらないか心配になります。でも嬉しそうな愛犬を見ていると与えたくなってしまうかもしれませんね・・・。

もう一つのビジネスはツノから作る漢方ですが、主に日本から台湾に輸出しているみたいです。台湾ではありませんが、香港に行った時に漢方屋さんで鹿のツノ(というより頭)があったのを覚えているので中華圏だとそんなに珍しくもないのかもしれません。私は台湾が好きなので鹿のツノで日台が交流していることは嬉しい限りです。

鹿が増え過ぎて困ることもあれば良いこともあるのだなと興味深く感じました。

17歳で愛煙家になってから、早20年が経とうとしています。今さら、両親が禁煙しろと言い出しました。

絶対に無理です。

私にとって煙草は精神安定剤のようなもので、もう手放せません。いつも色々な方に話すと笑われてしまうのですが、同じく禁煙を命令した元カレに、

「煙草やめるくらいなら、あんたの彼女やめます」

と言い、本当にそのまま別れたくらいなのです。

やめる理由がどこにありましょう。お酒を飲むときは煙草がつまみ。大好きな珈琲によく合う煙草。気分転換に煙草。とりあえず起きたら煙草。

私の生活は煙草が無くては成り立たないのです。

喫煙者としか仲良く暮らせそうにないという理由で、両親とは同じ家には住んでいません。

二人の住む家の中では喫煙しないし、何の迷惑もかけた覚えがありません。

母曰く、印象が良くない、だから結婚できない、との事ですが、愛煙家でも結婚した女性を、私は数多く存じ上げています。

今だって、彼氏がいない訳ではありません。彼氏も喫煙します。

お互いにまだやりたい事があって、籍を入れる予定は全くありませんが、近々 同棲しようとしていて、一応その御報告をしようかと思っていたのですが。

面倒だから親には何も言わず、引っ越してしまおうかと思っています。

17歳だった私には禁煙しろなんて一言も言わなかった両親が、今更いったい何故?

彼氏は、親御さんには挨拶に行くと行っていますが、会わない方が良いのではないかと思います。

喫煙するし。

そこで印象が良くないと言われたら、私はどうフォローすればいいのやら。

とにかく禁煙しません。煙草やめるくらいなら、人間やめます。