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好きと言うかもう崇拝レベルの芸能人が夢に出てきました。二日続けて出たのは良いのですが、ラブラブな甘い夢ではなく、他のスタッフに混じって芸能人の行先に同行するだけでした。特に邪険にされる事はありませんでしたが、「この人(私)はボクの大切な人だから」みたいな待遇でも無くてなんだかなぁと思いました。そんな朝を迎えてふとInstagramを眺めていると「夕べ大好きな芸能人(私が崇拝する人と同じ人)が夢に出てたくさんおしゃべりしてラブラブだったけど何故かチャリに乗った母親に妨害されて目が覚めた」と投稿している人がいました。良いなぁと思い、「私は付いて回るだけでしたよ!会話出来たなんて羨ましいです」とコメントをしたら「私も最初はそんな感じでしたよ!」と返信下さいました。

ファンなら、本当は直接ラブラブカップルしたいけど、せめて夢でくらいラブラブカップルしたい気持ちは同じなのですね。

ところで私は恋愛経験の無い喪女みたいなもので、男性に特別大切に扱われた事が実体験としてありません。多分そういった事が夢でも出たのかなと思い、寝る前に恋愛関係の小説を読んでから寝ることにしました。今度はラブラブカップルな夢だといいな。

本物と恋愛関係ならもっといいなと思います。

私の実家は自営業をしていたのですが、最近廃業しました。

製造業なので機械類の片付けや掃除などでここ数週間はバタバタとしていましたが、いよいよ何もすることがなくなりました。

両親は結婚したときから自営業をしていて50年近く仕事仕事の日々を送り続けていて、だからこそ体も丈夫で足腰も強かったのだと思います。

母などはじっとしてると死んでしまうのではと思うほどちょこまか動き回っていたので、することがないということがこれほどしんどいとは思わなかったようです。

今は寒いのもあり、居間でこたつにはいってテレビを見てぼーっとしていますが、このままではあっという間にぼけてしまいそうで怖いです。

両親とも70代なのですけど、計算も早かったし頭の回転もよかったので認知症はまだ先だと思っていましたが、考えることがなくなると危険かなと思います。

同時に収入も年金だけになってしまったのでだいぶざる勘定だったのを改めないと金欠でどうしようもないかもしれません。

私もお金の援助とか食べ物の差し入れとか多少しないといけないかなと思っています。

一日置きくらいに実家に顔を出して、元気にしているか確認していますが、ちょっと過保護でしょうか・・・

世の中の高齢者の方たちは暇な時間をどのように活用しているのでしょうね。

もちろんお金があれば好きなことを好きなだけできますが、それが制限されるわけですから。

そういえば私は図書館が好きで週1くらいで借りにいっていますけど、テーブル席には高齢の男性が何人も新聞を読みにきています。

パソコンも使えるし冷暖房も効いてるし自販機もあるし快適といえば快適ですよね。

今日は、知り合いの出産祝いにベビー服を見に行きました。

ベビー服ってサイズ感がたまらなく可愛いですね。自分の子供は着れなくてもついつい欲しくなってしまいます。

最近私の周りでは出産ラッシュですが、出産祝いをあげるときにいつも悩むのが、何をあげようかということですよね。

今回は1人目ということとママのファッションセンスを見て一緒に渡す人と「こんなの好きそう」と楽しく服を選びました。

でも、兄弟が多く3人目4人目となると、何でも揃っているし、貰う方も気を遣うようで「何も持ってこないでね」と言われたりします。

そんな時は、消える物、食べ物やオムツなど消費できるものにしています。

また、出産祝いに貰って嬉しかった物をママ友に聞いたところポンチョがサイズが大きくても着せられるので何年か着れて良かったとのことでした。

私も、ポンチョ型のレインコートが助かりました。

服は、趣味でないものを貰っても気を使って着せなければならなくて残念な気持ちになりますが、レインコートは雨の時だけだし、自分で用意していることも少ないと思うのでお勧めです。

木のおもちゃも一人目だと喜ばれますが、2人目以降おもちゃが増えるのを嫌がる人も居るので要注意ですね。

19回目の結婚記念日。いつのまに・・という感じがするが、子供がそれだけ大きくなっているんだから歳を盗るのも仕方ないかな。
品川の御殿山ヒルズの教会で牧師さんの「健やかなる時も、病めるときも・・」というお決まりの言葉を今年ほどしみじみと感じたことはなかった。
昨年の10月9日に主人が過労で会社で倒れ、救急搬送。意識はあるのか、心臓は動いているのかを怖くて会社の人に確認できないまま、子供とタクシーを飛ばして病院へ行った。
幸い、命には別条がなかったが、こういう年間は本当に大変だった。

お父さんが倒れたのだから、私がしっかりしなくては、子供を守らなくてはと常に気が張っていた。
「健やかなる時も、病める時も」はこういう事か・・と妙に納得し、自分を奮い立たせていた。

そうして私は長く続けられそうな仕事(パート)に転職をしたけど、やはり今考えるとタイミングが悪かった。慣れない仕事に私まで体調を崩してしまい、緊張で交感神経が働き過ぎてしまったようで睡眠も賢くとれなくなってしまった。結局、病院や針治療に通い、仕事は降りることに。

あれから年間。主人も私の体調もぼちぼちって感じ。主人は軽減勤務で復帰をした。
まだまだ不安はあるけれど、一緒にヨガを始めたり、ウォーキングしたり、家族で夕飯を一緒に食べられるようになったり、早寝早起きをしたりと以前とは比べものにならない位、健康的な生活で家族との時間が増えている。
医者やカウンセラーからは「過労死する前に、体が教えてくれて良かったですね」というけれど、今は本当にそうおもう。
神様が、ギアを落とさないとまずいよ!と教えてくれたのだとおもう。

今回わかったことは40歳、45歳とその年代に応じた働き方にギアをチェンジしなくてはならないに関してと、人間は無理をするとどこかでツケが回って来る。
ですから、これからは無理なことにはノーと言おう。
また違和感を感じながら始めたことは、後々、やはり行うではなかったということが多い。
ですから、自分の内心を聞いて「快い」と思えることを選んでやっていきたいという。

昔、私の母は良くコロッケを作ってくれました。

お料理が得意で、手作りするのが多かったので、私も一緒にジャガイモコロッケを丸めて小麦粉、卵つけてパン粉つけて、という作業を手伝っていました。

小さな頃はそれがとても楽しかったです。

ホワイトソース作りも懐かしい思い出です。

けれど、我が家ではあまりコロッケを手作りしていません。

だって買ってきた方が安いし早いし、普通に美味しいのだからそんな手間かける気にならないのです。

ジャガイモ蒸して潰して、玉ねぎひき肉炒めて混ぜて、丸めて、パン粉まで付けて揚げるなんてしなくても簡単に手に入るのですから。

とはいえたまには、母親が作ったコロッケを昔食べたなあという思い出を作っておいた方が良いのかも、と思うこともあります。

そんな時、四人家族ではとてもすぐは食べきれない量のジャガイモと玉ねぎが夫の実家から送られてきました。

もう、良い機会だと思い子供たちと一緒にコロッケ作りをする事にしました。

丸めるところから手伝ってもらったのですが、予想通り、キッチンはぐちゃぐちゃになりました。

けれど、自分で丸めた揚げたてのコロッケを美味しいと何度も言って食べている息子たちに、やっぱりやって良かったなと満足しました。

すぐにまたやりたいと言われたら、ちょっと困りますけどね。