コンテンツへスキップ

病院に一回かかるごとに4千円以上していた医療費も千円で済むような制度を利用出来るようになりました。本当に長い期間薬を飲まないといけないので助かります。

薬を飲まないと8割以上の人が再発すると聞いた時はもうこの病気と一緒に生きていくしかないんだなと思いました。本当に最初の頃は起き上がる事も辛くて毎日泣いていました。

旦那さんは私が出来ない分家事を一生懸命手伝ってくれました。今は統合失調症になって7ヶ月たちましたが家事が出来るようになってきました。憂鬱な日や億劫な事も減ってきて本当に良かったです。今は月に1度薬をもらいに病院に通っています。病院にかかるようになって1年半が過ぎると障害者手帖を持つようになります。

障害者手帳を持つようになると色んな面で割引がきいたり特権があるらしくその制度を利用しようと思いました。障害者になるのは抵抗がありますがそれでも利用出来るものは利用しようと思えるようになりました。

最初その話を聞いた時は本当に障害者になるんだなとショックを受けましたが私自身は何も変わる事も無いし周りの人が差別するような人は居ないので良かったと思いました。

結婚して10年。

二人の子供に恵まれて特に不自由なこともなく平和な生活をおくっています。

平日は自分は仕事に行って

妻はパートにでて

子供たちは幼稚園に行く。

休日は家族そろってお出かけやお家でのんびり。

そんな日常ですが、たまに妻が突然思い立って子供を連れて実家に帰ります。

朝、「いってきます」を言うときも何もなく

お昼のLINEでも何もなく

仕事終わったという連絡の時も何もなく

帰ったらお家が真っ暗で誰もいない。

その瞬間に初めて気づく「実家帰り」。

突然現れた自由時間、事前に伝えられていれば帰り道に買い物に行ったり

同僚とご飯に行ったりと予定を組んだりできるんですが

こんな感じで突然やってくるので準備ができません。

なんやったら軽くパニックです。

そして今日がその日でした。

帰ったら真っ暗。

もちろん予告なし。

なので、自分自身の予定もなく、晩御飯もなく、急遽一緒にご飯に行く相手もなく時間だけがある。

この何とも言えない虚無感(?)がものすごーく苦手であります。

ご飯もないからとりあえず冷蔵庫を開けるものの、ご飯を作る意欲がわくこともなく。

外食しようかと思うものの一旦家の門をくぐったために出かけるのが非常に面倒くさいのです。

仕方なくカップラーメンすすりながら、文章書く事態になってます。

奥様、せめて実家に帰るときは一言ください。

そういえば自分、この半年自分がやとわれのみではなくただのニートであることに気づきました。なんだかんだで自分の腕で稼ぐことが今までできていましたが、お金の余裕がなくなって何かほかにお金を獲得する手段はないのかなと。そこで思い至ったのが、「自分雇われの身になっていない期間が長くないかと」これまで自分が接客で身に着けた人当たりの良さや、仕草、言葉使いがすべて抜け落ちて中学生ランクの行動しかとれていないのではないかと少し悩み始めたこの頃です。頭の中に基本のマナー集のようなものは残っているのですが、それをうまく使えていない。知識ばかりが蓄えられた耳年増になっている自分に気が付きました。なんとなく子供の頃に描いていた自分と同じような状況になっている気がします。

これからお盆明けに雇われの身になるのですがなんせ久々すぎる状況に今私が思っているコト以上に体がついていけない気がします。いつも楽観的な私ですが、結果を残す云々の前に、自分の性格の矯正を本格的に取り組む必要があります。

ここが正念場だ、自分。どうにか辞めずに2年は続けていきたいです。そして2年後には私が今やりたいと考えていることに本格的に着手していきます。

YOUTUBEで昔の番組などを観るのにはまっているのですが、先日はめちゃイケの「歌下手王決定戦」を観ました。

当時、リアルタイムで観ていましたが、やっぱり面白い!

特に、オードリーの若林は今では司会も行う中堅芸人という感じですが、当時はまだまだ若手。

DAPANPの歌を選択して披露していましたが、「どっきゅーん ずっきゅーん 胸を打つ」という部分がすごく可愛らしい(笑)

何度も聞きたくなりますね。

というか審査員席にはDAPANPのISSAがいるのに、よくこの歌を披露することを選んだな~と感心してしまいます。

リズムが合ってないのか、何が悪いのかよくわからなくなりますが、聞いているだけでうける!

あと、やっぱり光浦さんの歌声はすごい。

音域が広めなんですね(笑)

すっごい低い声も出てるし、ものすごい高い声も出せる。

だけど、良い方に使えていない…。

なんか音痴の人を笑うってあんまり良くないことなのかもしれませんが、めちゃめちゃ面白い。

歌が上手いひとの決定戦は「すごいな~」と思いますが、下手な人の方がなんとなく親近感が持てます。

博多華丸大吉も出演していて、すごく真面目に歌っている姿に笑えてきます。

申し訳ない気持ちもあるけれど、「なんで?!」「どうして?!」と驚く部分と、つい笑ってしまうようなところがあります。

またやってくれないかな~。

もうめちゃイケが終わってしまったから難しいかもしれませんね。

この前久しぶりにアイスボックスを食べました。

小さい頃からあるアイスボックス。

昔は良く食べていた記憶があります。

大人になって、口にすることがありませんでした。

ネットで知ったのですが、アイスボックスにお酒を入れるという方法もあるようです。

先日食べた時、ちょうど「ほろよい」があったので、試してみました。

期間限定のメロンソーダ味だったのですが、レモン風味のアイスボックスと結構合っていました!

しかもキンキンに冷えるので、お酒のペースが早まってしまいました。

美味しいし、ついついピッチが上がってしまい、危険な飲み物だなと思いました。

でも、たまにはこういう楽しみ方も良いのかもしれません。

それに「ほろよい」も様々な味が出ているので、いろいろと組み合わせを楽しんでも良いのかなと思いました。

今年はチョコミントのアイスも様々なメーカーから発売されていますよね。

チョコミントは大好きなフレーバーでもあるので、とても嬉しいです!

アイスボックスもチョコミントなんてあったら美味しそうですよね。

ガリガリ君のリッチチョコミントは中に砕いた氷が入っているので、同じような感じで美味しいのではないでしょうか!?

食べてみたいな~。

いつか販売されますように!

私は今日災害のニュースをみて、ヘリコプターから撮影された空港画像で家がすっぽり川で浸かってしまっている画像を見ました。こんなにも被害があるなんて、自然災害はおそろしいです。一刻も早く復旧されることを祈ります。もし私の家が今水没してしまったら、と考えると、何も考えられなくなってしまいます。

今まで普通通りにできていたこともできなくなるし、とにかく命だけ助かれば、という思いで必死になると思います。天災は忘れた頃に起こる、と言われますが、私は常日頃から自然のことを考えて、自然に優しい生活をしていくべきだと思っています。

今こうして私が記事を書いている時にも、どこかで苦しんでいる人がいると思うといたたまれません。時間が解決してくれるとは言いますが、ニュースを見るたびに心配です。いつ、なんどきも、何が起こってもいいように、自分なりに自分のことを守れるようにしておくことが大事だと感じました。

それから、今の状態でさらに自然災害が起こってしまったらどうなってしまうのだろう、という不安もあるので、地震対策もしっかりしようと思いました。いざ、何ができるか。これが問われているのだと思います。其の場で臨機応変に行動できるかが人生の分かれ道のように感じます。

久しぶりにお芝居を見ました。

とても興味があったので、三日間通いつめ、昨日千秋楽となり、十分に満喫したのですが。

題材が「美しきものの伝説」…大正時代の演劇と政治と文学にまつわる物語です。

宮本研さんの戯曲は美しい言葉でつづられており、そして、演出も斬新で、夢の世界を漂っているような感覚でした。えした

…その最後に「さみしいな、しぃんとさみしいな」という松井須磨子の、伊藤野枝にあてた手紙があるのですが。

それは遺書でした。

しみじみとそれを思い出す野枝の言葉と、背景いっぱいの青空、降り注ぐ白い照明の光がとても美しく、忘れられないほどのインパクトを残して終幕となるのです。

今年は大正107年にあたるのだそうです。

今では、大正時代は戦争と戦争の合間のような長閑で美しい時代と思われがちですが。

軍部や憲兵、そしてさまざまな思惑が入り乱れ、動乱や事件が多発する、実はとても血生臭い時代でもありました。

映像作品は、なんどでも繰り返し見られる、という利点があります。

しかし。

演劇・生のお芝居や、その時限りです。

じっと、目を凝らし、耳を澄まして、そのセリフや動きを取りこぼさないように、懸命に観てきました。

楽日の帰路、じわじわと虚脱し、一晩眠った今朝から、強烈なロスに陥ったのです。

ああ、良い作品だったなぁ。

そう思うたびに、野枝の声でつぶやかれる松井須磨子の言葉が蘇るのです。

「さみしいな、しぃんとさみしいな」

今、まさにそんな気持ちで、昨日のお芝居を反芻しているのです。

奈良の鹿がモチーフであるせんとくんの年収が減っているニュースもありましたが、その一方で鹿のツノを販売するビジネスは売り上げが伸びているみたいです。せんとくんもとても気になりますが、鹿のツノを使うビジネスも気になります。

どうやら鹿のツノは漢方で使われたり、または犬のおもちゃとしても需要があるとのことです。犬のおもちゃとしての鹿のツノは口に咥えて遊ぶタイプのもので、犬には大変人気があるみたいなのです。大型犬が鹿のツノに夢中になって遊んでいる姿はまるで狼の様に見えます。というのも、かつて犬が狼だった頃は鹿を食していたので、その名残で犬は鹿の匂い全般を好むという見解があります。そのため衛生面で心配した飼い主が熱湯でツノ洗うと犬は興味を無くしてしまった事例もあります。鹿のツノは大きいので小型犬や中型犬だと遊ぶのが大変そうですし、大型犬でも喉に刺さらないか心配になります。でも嬉しそうな愛犬を見ていると与えたくなってしまうかもしれませんね・・・。

もう一つのビジネスはツノから作る漢方ですが、主に日本から台湾に輸出しているみたいです。台湾ではありませんが、香港に行った時に漢方屋さんで鹿のツノ(というより頭)があったのを覚えているので中華圏だとそんなに珍しくもないのかもしれません。私は台湾が好きなので鹿のツノで日台が交流していることは嬉しい限りです。

鹿が増え過ぎて困ることもあれば良いこともあるのだなと興味深く感じました。

17歳で愛煙家になってから、早20年が経とうとしています。今さら、両親が禁煙しろと言い出しました。

絶対に無理です。

私にとって煙草は精神安定剤のようなもので、もう手放せません。いつも色々な方に話すと笑われてしまうのですが、同じく禁煙を命令した元カレに、

「煙草やめるくらいなら、あんたの彼女やめます」

と言い、本当にそのまま別れたくらいなのです。

やめる理由がどこにありましょう。お酒を飲むときは煙草がつまみ。大好きな珈琲によく合う煙草。気分転換に煙草。とりあえず起きたら煙草。

私の生活は煙草が無くては成り立たないのです。

喫煙者としか仲良く暮らせそうにないという理由で、両親とは同じ家には住んでいません。

二人の住む家の中では喫煙しないし、何の迷惑もかけた覚えがありません。

母曰く、印象が良くない、だから結婚できない、との事ですが、愛煙家でも結婚した女性を、私は数多く存じ上げています。

今だって、彼氏がいない訳ではありません。彼氏も喫煙します。

お互いにまだやりたい事があって、籍を入れる予定は全くありませんが、近々 同棲しようとしていて、一応その御報告をしようかと思っていたのですが。

面倒だから親には何も言わず、引っ越してしまおうかと思っています。

17歳だった私には禁煙しろなんて一言も言わなかった両親が、今更いったい何故?

彼氏は、親御さんには挨拶に行くと行っていますが、会わない方が良いのではないかと思います。

喫煙するし。

そこで印象が良くないと言われたら、私はどうフォローすればいいのやら。

とにかく禁煙しません。煙草やめるくらいなら、人間やめます。

ゴールデンウィークが終了したこともあって、110名の予約となり空き室も10件以上発生しておりました。これは昨年12月に入社してから最も少ない客数だったので、少しは楽ができるかと思いました。しかし我が社では予約の客数に応じての従業員の出勤人数が決められていたので、この日は3人のサービス員での対応となりました。

しかも厨房はいつもは何台か作ってくれているストックの料理をこの日は作らずになくなった時点でのオーダー対応ということになりました。営業開始後に60名集客があり、ここで当然料理が色々減ってきたためにオーダーも5品まとめて注文をしました。ある意味200名のほうが楽に感じました。

厨房は暇だと思って料理は出す分しか上げてくれませんが、サービス員はお客さんから色々注文を受けます。そしてその要求を受けている間に料理はなくなってしまい慌てて注文して、その間に他の料理もなくなってきてオーダーを繰り返す状況が続きました。

夜だけ出勤した厨房アルバイトも何で100名ちょっとなのに200名の時より忙しいのと言われましたが、それは準備の段階で料理を仕込んでいないからだと伝えました。仕込みの量を極端に落として原価低減に充てる経費節減に向けた動きをする時期にきています。